第4回 地域脱炭素の具体施策—建築物・交通—
テーマ1 「公共施設から始める人口減少時代の脱炭素まちづくり―建物と交通がカギになる」(千葉商科大学 田中様)
千葉商科大学 田中様からは、「公共施設から始める人口減少時代の脱炭素まちづくり―建物と交通がカギになる」をテーマにお話をいただきました。以下、セミナーでお話いただいたことをダイジェストでお伝えします。
ポイント
- 人口減少時代の脱炭素に向けたまちづくりのキーワードは「過密でも過疎でもなく、クルマに過度に依存しないまち」
- 脱炭素まちづくりの第一歩は、公共施設から始めよう
- 公共施設の設計にあたっては、エネルギー性能の優先順位をよく考えること
人口減少が地域に引き起こす課題
今の日本は、史上例を見ない人口減少時代を迎えており、これまでの人口増加を前提としてきた自治体運営は通用しません。人口減少時代には、地域は次の4つの課題に直面します。①日本の多くの地域が内需経済で回っていることから、一人当たりの所得が現状のままであれば地域経済が縮小する。②虫食い状に人口密度が低下することで、公共サービス・インフラ・民間サービスの世帯当たりのコストが増し、維持出来なくなる。③人口増加とともに増設してきた公共施設が老朽化を迎える。④高齢化により、一人当たりの医療費・介護費が増加し続ける。…人口増加による成長やこれを前提とした既存の社会システムとの乖離により生まれる、かつてない課題に対して自治体が持つべき役割は、「減少していく行政資源をもって、増加していく課題を解決する」ことになります。
住民の移動をデザインする:ショートウェイシティ
そのうえで、目指すべきまちづくりは、「過密でも過疎でもなく、クルマに過度に依存しないまち」です。これは人々の移動に着目し、住民の移動距離の短いまち(ショートウェイシティ)をデザインすることを念頭に置くもので、脱炭素社会における理想的なまちづくりにも近しいものです。基本は、建物の用途を含めた土地利用をコントロールするという大きな枠組みの中で進める必要はありますが、移動の可能性を高めること、住民の移動回数を減らさずに移動距離を短くすること、マイカーの選択肢をあえて少し不便にすることで、適切な移動手段を選択できる交通システムの構築が可能になり、域内の経済活性化や不動産価値の維持、健康寿命の延伸などの多面的な効果が生まれます。
ショートウェイシティを具現化している事例としては、ドイツ・フライブルク・ヴォーバン住宅地などが挙げられます。同住宅地のはずれには集合駐車場を設けて徒歩での帰宅を促す、集合住宅の低層階を小売店やオフィス・診療所等の業務施設にする、道路には歩行者最優先の道路標識や速度制限などを設けるなどのデザインがされています。また、こういったまちづくりは南ドイツの集落にも取り入れられています。
日本でも、SDG’s未来都市のモデル事業として選定もされている北海道ニセコ町の「NISEKO生活・モデル地区構築事業」においてヴォーバン住宅地を参考にしたショートウェイシティの考え方に基づいたまちづくり造成が進んでいます。
自動運転が普及すると、こうしたショートウェイのまちづくりは不要になるのではという論もあります。しかし、自動運転の最大の利点が乗りたいときに呼び寄せて乗り捨てできることであるという点と、車両が高価なために一般的にはカーシェアリングで利用されるという点が前提として存在することを考慮すると、人口密度の低い地域では価格と利便性が両立しない可能性があります。前述した人口減少時代の都市が人口密度の低下を招くという課題と照らし合わせれば、こうしたまちづくりは不要のものと安閑とすることは誤りであることが分かります。また、仮に自動運転が一般化しても渋滞や騒音等の問題は依然として存在するため、公共交通は重要な移動手段であり続けると考えられます。
公共施設から始めるまちづくり
自治体においては、公共施設からまちづくりを始めることが有効です。具体的には、例えば老朽化した公共施設の統廃合などのタイミングで、自地域における長期的なまちづくりのビジョンに基づいて利便性や冗長性(当初の想定や機能を変更しても対応できる)などを加味して立地を決定し、床面積あたりの稼働率を高めるために用途や時間・空間の併存を考慮した施設設計をすることが重要です。また、建物の寿命も伸ばすことも大切なポイントです。つまり、定期的なメンテナンスや用途変更への柔軟な対応、経年減価からの脱却などを想定する必要があります。建物の素材としてコンクリートを用いる場合は、断熱材や塗装皮膜で覆うことで腐食による構造変化を極力少なくすることが可能です。公共施設における大規模な脱炭素改修は待ったなしの状況であり、これらの点を踏まえた建築設計と供用期間の設定が必要です。
公共施設におけるコストと効率性
建物の形状は箱型のシンプルな方がトータルコストを低く抑えられます。また、建築設備は耐用年数が短いため、例えZEB建築であっても、高効率設備の多数導入ではなく、躯体自体の高断熱・高気密でエネルギー消費を削減することがコスト面では重要になります。設計時には、公共施設におけるエネルギー性能の優先順位を、断熱>気密>日射コントロール>換気>通風>設備>再エネ熱>再エネ電気 の順で、予算額と照らし合わせて検討することが有効です。断熱に関しては、切れ目なく断熱材で覆うこと、熱貫流率の低い窓ガラス設置や外付けブラインドによる日射コントロール、24時間熱交換換気装置などが効果的です。こういった考え方に基づいて設計・建築された公共施設としては、ドイツのホーエン・ノイエンドルフ市に所在する小学校や北海道ニセコ町の庁舎などが事例として挙げられます。
自治体の果たすべき役割
ここまで述べてきた内容は、自治体に向けた国の技術的助言の考え方の基本になっています。域内でエネルギーに係る経済を循環させることが重要であり、そのためには資本・担い手・資金を地域住民が担う地域主導型のエネルギー事業を促進させることが効果的です。例えば長野県上田市の上田市民エネルギーの事例では農家の収益増加にもつながっています。また、高断熱・高気密性の高いZEHを推進することで、各家庭における省エネルギー化が実現します。
これにあたって自治体が果たすべき重要なことは、人々(企業)の行動(選択)を変化(維持)させる取組を推し進めることです。人々の意識ではなく、行動を変えるために何をすべきかを念頭に置いて施策に取り組んでいただきたいと思います。
テーマ2 「公共施設の脱炭素化に関する基礎(ZEB・省エネ診断、省エネ改修)」(清水建設株式会社 関 様)
清水建設株式会社 関 様からは、「公共施設の脱炭素化に関する基礎(ZEB・省エネ診断、省エネ改修)」をテーマにお話をいただきました。以下、セミナーでお話いただいたことをダイジェストでお伝えします。
ポイント
- ZEBとは省エネと創エネによって年間消費エネルギー収支ゼロにする建物
- ZEBは、地域の特性を踏まえて最適な手法を取り入れることで実現する
- 新築/改修いずれでもZEBは達成できる
人口減少が地域に引き起こす課題
ZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)の定義は、断熱や排気、設備技術等の建築計画の工夫による省エネと、太陽光発電などによる創エネで建物の年間消費エネルギー収支をゼロとする建物のことです。
建物で年間に消費される一次エネルギーの量を基準として、①高断熱化や日射遮断等による負荷の抑制、②自然エネルギーの利用(再生可能エネルギーは除く)、③設備システムの高効率化といった省エネルギー施策によってエネルギー消費量を50%以上減させるとともに、再生可能エネルギーの導入によるエネルギー供給を行い100%以上の消費量削減に達することでZEBが実現します。
ZEBの事例
清水建設が建築施工した山形県北杜市の「生長の家“森の中のオフィス”」という建物では、日本初のZEBを実現しました。同施設が所在する北杜市は、年間の日照時間が非常に長い平均2,100時間となっており、屋根上全体へ太陽光発電パネルを設置することで建物の年間消費電力の約60%を賄う発電量を発電しています。また、地域の豊富な木質資源を活用し、木質バイオマスガス化コージェネレーションや木質ペレットボイラを導入することで自然エネルギーを創出しています。さらに、日射遮蔽のための庇、通風性、断熱性の向上、床下蓄熱などの建築設計の工夫も取り入れられています。同施設には、太陽光やバイオマスで発電された電力を安定的・効率的に運用するためのオフグリッドシステム(電力会社の送電網に繋がず、自給自足するシステム)が導入されており、2020年3月からはインフラから完全に切り離されたエネルギー自給を実現しています。
清水建設北陸支店は、地域の気候風土を活かした自然エネルギー利用と先端技術を組み合わせることでZEBを実現しています。地下水による空調熱源や季節風を活用した自然通風、自然光を多く採り入れるための大間口サッシを設けるとともに、床吹出空調や躯体蓄熱方放射空調、日射遮蔽ルーバーや自動空調などの先端技術を導入することで、省エネルギーの最大化を図っています。また、屋根全体に太陽光パネルを敷設し太陽光発電量140kwによる創エネを行っています。
産総研つくば西事業所は、改修によるZEB事例です。既存の庇の活用や外熱断熱補強、Low-Eガラス窓などにより外皮性能を向上させ、高効率空調機やLED照明、調光制御技術で設備を高効率化するとともに、屋上に敷設した太陽光発電パネルで179kwの発電量を創出しています。これらの改修によって省エネ53%+創エネ55%で合計108%のエネルギー削減を実現し、ZEBを達成しています。